備忘録

歩く姿はキモオタク

百合という存在がわからなくなってきた

 僕は百合が大好きです. ライフワークです. だけど最近百合というものがわからなくなってきた. 

 

 

 百合ってのは女性同士の恋愛, それに準ずる友情や友愛と自分の中で定義している. ただそういう定義的な話ではなく「自分は好きなものは百合なのか」というのがわからなくなってきた.

 

 僕は百合作品と日常作品をある程度分けている. オクターヴは百合で, ひだまりスケッチは日常. 神無月の巫女は百合で, ゆるゆりは日常(個人の考え). しかしここ最近, 購読していた「百合姫」という百合を冠する専門誌の購読を止めてしまった. 理由は資金不足や読んでる時間が無くなってきたというのもあるが, 1番は最近の作品に以前ほどの情熱を向けられなくなったということ. 恐らくある時期から百合姫の方針が変わり, 僕の考えだけど, 「様々な設定や人物を使って百合を描く」から「百合を使って様々な設定や人物を描く」に変わったのだと思う. 百合姫で連載中の作品で今でも好きなものもあるが, いつの間にか百合姫を飛ばし読みしている自分に気づいた時から, 購読をやめてしまった. 

 

 売られている百合の傾向が変わったとうことは大衆の百合の定義が変わってくるのではないだろうか. 最近「自分の好きな百合」と「最近売れてる人気がある百合」の差異に違和感を感じ始めた. 自分の好きなものなのだから「お前らなんて言おうが僕が好きなものはこれだ!!」と言いたいのだが, 別に誰も何も言っていないのが問題なのだ. つまり僕が勝手に百合から置いて行かれているのだ. 別に百合の定義は人それぞれだけど. そうなると自然と「面白い!」「続きが気になる!」という新作が減ることになる. 僕はそこに寂しさを感じてしまっているのだと思う. 保育園で遊んでいた友達がお母さんが迎えに来て帰ってしまう時に感じる寂しさのような感じの. 

 

 百合姫も大変なのだろう. 百合だけでは売れないのだろう. 百合作品を全然知らない人にも作品を手に取ってもらわなければ経営がなりたたないのであろう.  だけどいつかまた, 買いたいと思えるような百合姫になってくれないかなーとちょっと思ってる.